大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 昭和36年(行)97号 判決

原告

宮崎一男

原告

新井直三

原告

石井徳太郎

右三名代理人

久保田昭夫

村野信夫

被告

東京郵政局長

浅見善作

右指定代理人

松崎康夫

外四名

主文

1  本件各訴えをいずれも却下する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一当事者双方の求める裁判

一  原告ら

「1原告宮崎一男に対する昭和三六年三月三一日付免職処分を取り消す。2原告新井直三、同石井徳太郎に対する昭和三六年三月二一日付一か月間の各停職処分を取り消す。3訴訟費用は被告の負担とする」との判決。

二  被告

(一)  本案前関係

主文と同旨の判決。

(二)  本案関係

「1原告らの請求を棄却する。訴訟費用は原告らの負担とする」との判決。

第二当事者双方の主張

一  請求の原因

(一)  原告宮崎は昭和二六年五月二八日以降、同新井は昭和二九年一月一八日以降、同石井は昭和三二年五月以降、いずれも郵便事業に勤務する一般職国家公務員として東京都郵政局神田郵便局集配課に勤務していた。

(二)  ところが、被告は、昭和三六年三月三一日付をもつて、原告宮崎を国家公務員法(以下国公法という。)第八二条第二、三号により免職、原告新井、同石井を同法第八二条、人事院規則一二―〇により各一か月間停職する旨の各処分(以下本件各懲戒処分という。)をした。

(三)  しかしながら、右各処分は違法であるから、その取消しを求める。

二  被告の答弁と主張

(一)  本案前関係

1  請求の原因(一)のうち、原告石井の勤務の始期の点を除くその余の事実は認める。原告石井の勤務の始期は昭和三一年七月である。

2  請求の原因(二)は認める。

3  しかしながら、被告らは、行政事件訴訟特例法第二条に基づいて国公法第九〇条に規定する人事院に対する審査請求をし、これについての裁決を経た後でなければ本訴を提起することができないのにかかわらず、審査請求をしなかつたから、本件各訴えは不適法であつて却下を免れない。

なお、原告らは、本件各懲戒処分につき公共企業体等労働委員会(以下単に公労委という。)に救済の申立てをしたことがあるが、右申立ては懲戒処分との関係では行政事件訴訟特例法第二条にいう訴願等に当らない。しかも、右申立ては、昭和三六年一一月三〇日に取り下げられたのである。

(二)  本案関係

1  請求の原因(一)(二)に対する答弁は前述のとおりであり、同(三)は争う。

2  本件各懲戒処分の事由となつた原告らの非違行為の具体的内容とその該当法条は次のとおりである。〈以下省略〉

理由

一  本訴の適否

(一)  当事者の地位と本件各懲戒処分の存在

請求の原因(一)(ただし、原告石井の始期を除く。)(二)は当事者間に争いがない。

(二)  訴願経由の問題

1  人事院に対する不服申立て手続の不経由

本訴は、昭和三七年法律第一三九号によつて廃止された行政事件訴訟特例法(昭和二三年法律第八一号)のもとで提起されたものであるから、同法第二条の適用がある。

そうすると、原告らは、(一)においてみたように郵便事業等を行なう国の企業(公共企業体等労働関係法((以下公労法という。))第二条第一項二イ参照)に勤務する一般職の国家公務員であるから、その勤務関係については公労法、国家公務員法(以下国公法という。)の適用を受け(以下この二法律の適用を受ける一般職の国家公務員を現業国家公務員という。)、免職等の懲戒処分については、少なくとも国公法第八二条所定の事実(以下処分事由という。)の不存在ないし処分の程度を決するについての裁量権の逸脱を理由とする限り、昭和三七年法律第一六一号により改正される前の国公法第九〇条から第九二条に定める人事院に対する不服申立て手続を経た後でなければ、その取消しを求める訴えを提起することが許されない。

し かるに、本件各懲戒処分について右手続を経ていないことは当事者間に争いがない。

2  公共企業等労働委員会(以下公労委という。)に対する不当労働行為の救済申立ては訴願前置の要件を充たしたことになるか。

原告らは、本件各懲戒処分につき公労委に対し不当労働行為の救済申立てをしたから訴願前置の要件を充たしていると主張しているが、本件各懲戒処分は原告らに国公法第八二条に該当する行為があり、これにに対しては免職等をもつて臨むことが相当であるとしてなされるものである(この事実は前記のように当事者間に争いがない。)ところ、このような理由によりなされた懲戒処分につき、右各処分要件を具備しているかどうかを訴願庁として審査する権限を有する行政庁は人事院のみであつて公労委が右の点について何らの権限も有しないことは、国公法および公労法の規定上明らかであるから、原告らが公労委に対し不当労働行為の救済申立てをしたとしても、本件各懲戒処分について処分事由の不存在ないし裁量権の逸脱を違法事由として右各懲戒処分の取消しを求める限り、これは訴願前置を経た適法な訴えの提起ということはできない。

(三)  本件各懲戒処分が不当労働行為に該当するということを取消訴訟において主張することが許されるか。

原告らは、本訴において、本件各懲戒処分が不当労働行為に該当することをも違法事由の一つとして主張しているので、このような違法事由を本訴において主張することが許されるかどうかについて検討する。

1  現業国家公務員に対する懲戒免職等の不利益処分の効力を不当労働行為に該当するとして直接裁判上争う途はあるか。

(1) 原告らのような現業国家公務員が、国公法による懲戒処分を受けた場合、公労委に対し右懲戒処分が不当労働行為に該当するとして救済申立てをし、もし却下ないし棄却されたときは公労委の右命令に対し取消訴訟を提起できることは多言を要しない。

けれども、この制度の趣旨は、公共企業体等による不当労働行為の存在が認められる場合、公労委の行政処分をもつて当該労働行為がなかつたと同じ状態を事実上回復することに尽きるのであつて、不当労働行為に該当する公共企業体等の行為の法的効力を審査することにあるのではない。

(2) そこで、不当労働行為に該当する公共企業体等の行為の法的効力の有無につき考えると、憲法第二八条、労働組合法第七条の趣旨に照らし、現業国家公務員に対する懲戒免職等の不利益処分は、それが不当労働行為に該当するときは、直接に、あるいは公序原則ないし権利濫用の法理を媒介として間接にその効力を生じないことあるものと解すべきである(なお、昭和四三年四月九日最高裁判所第三小法廷判決参照)。

そうであるとすれば、憲法第三二条に照らし考えても、懲戒免職等の不利益処分を受けた現業国家公務員には、右懲戒免職等の不利益処分が不当労働行為に該当すると主張する場合、公労委に対する不当労働行為救済申立てのほか、直接裁判所に対してその適否ないし効力を争う途があると考えなければならない。

2  現業国家公務員に対する懲戒免職等の不利益処分の効力を直接裁判上争う場合の訴訟形式

(1) 現業国家公務員の勤務関係の性質

まず現業国家公務員の勤務関係については、企業内での上司の職務命令権(国公法第九八条第一項)、懲戒権(同法第八二条)に裏打ちされた包括的な支配服従の関係に着目してこれをいわゆる特別権力関係として把える考えがあることは周知のとおりである。

しかしながら、私企業においても、労働者は企業内で使用者に包括的に与えられた指揮命令権に服して労働に従事しなければならず(民法第六二三条)使用者の懲戒に服するのであつて、そこでも包括的な支配服従の関係に存在する。

そうすると、右のような企業内での支配服従の関係は、現業国家公務員の勤務関係に特有のものではなく私企業においてもみられるものであるといわなければならない。

それ故、現業国家公務員の勤務関係にみられる支配服従の関係は、現業国家公務員が本質的には私的企業の労働者と同じく対等な相手方である使用者との合意に基づきいわゆる従属労働に従事するに至つた者であることに由来するとみるべきであつて、現業国家公務員の勤務関係を私企業の労働のそれと異なつて特別権力関係として把えなければならない合理的な理由はない。

したがつて、現業国家公務員の勤務関係は、公務員が国民「全体の奉仕者」として勤務することを要請されている(憲法第一五条第二項、国公法第九六条第一項、第八二条第三号)ところから、その勤務条件について国公法等法令の規律を受ける点に特徴があるとはいえ、本質においては私企業のそれと同質の労働契約関係に基づくものと理解して差支えない。

もともと郵便事業等公労法第二条第一項二イ所定の事業は、国民に対し公権力を行使するものでなく、郵便等の経済的役務を提供すること等を目的とするものであつて、諸般の事情により国がこれを経営している(郵便法第二条等参照)にすぎないから、ここに勤務する現業国家公務員は、公権の行使となんら関係のない経済活動に従事することを職務内容としているというべく、公権力の行使と関係のない点で同じく公労法の適用を受ける三公社(日本国有鉄道、日本電信電話公社、日本専売公社)の職員との間に差異がない。しかも、三公社の職員の勤務関係は、私企業のそれと同質の労働契約関係に基づくものと一般に解されているのである。

さらに、実定法上も、現業国家公務員については、国公法の規定中、一般職の国家公務員につき労働法等の適用除外を規定した附則第一六条等若干の規定の適用が排除され(公労法第四〇条第一項)、給与その他の労働条件についてもこれを団体交渉の対象とし労働協約を締結することができる(同法第八条)のものとされているのであるから、私企業における労働契約関係との同質性が認められているとみることができる。

(2) 現業国家公務員の懲戒免職等の不利益処分を争う訴訟形式と実定法の規定

(イ) このようにみてくると、現業国家公務員に対する不利益処分、例えば本件のような懲戒免職や停職も、身分保障のある国家公務員に対するものであることからこれについての要件、手続、効果等が法令によつて規律されているという点を除けば、私企業の労働者に対する懲戒解雇等の処分と本質的に異なるものではないと解されるから、その効力を裁判上争わせる訴訟形式は、とくに抗告訴訟によらしめる趣旨の実定法の規定がない限り、対等な当事者間の本来的な訴訟形式である公法上の当事者訴訟であると解するのが相当である。

さて、対等な当事者間の訴訟形式として民事訴訟と公法上の当事者訴訟とがあるのに後者によるべきであるとの理由を示すことは、本訴の適否についての判断を左右するものではないが、念のため付言する。その紛争について公法上の当事者訴訟によらしめるべき法律関係と民事訴訟によらしめるべき法律関係を区別する基準をどこに求めるべきかはきわめて困難な問題であるが、右訴訟形式の差異に照らし、当該法律関係が行政事件訴訟特例法の定める職権証拠調べとか職権による訴訟参加、関係行政庁に対する判決の拘束力等―なお、現行行政事件訴訟法は公法上の当事者訴訟につき同法第二三条、第二四条、第三三条第一項、第三五条を準用している―を認めて審理するのが相当か否かを基準とし、前者を公法上の当事者訴訟によらしめるべきものとし後者を民事訴訟によらしめるべきものと考えるのが相当である。そうすると、現業国家公務員の懲戒免職等は、先に述べた公務員法規等、強行法規たる行為規範である公法規範の運用に関するものであるから、その効力の審査は右公法規範の運用すなわち行政の法適合性の審査を意味し、単なる被免職者等の個人的利益に関するのみならず公益に関するものというべきであつて、公法上の当事者訴訟によらしめるのが相当である。

(ロ) ところが、行政事件訴訟特例法第二条は行政処分の取消訴訟の提起につき訴願前置を要求していたところこれに対応して昭和三七年法律第一六一号による改正前の国公法第九〇条ないし第九二条は同法の適用を受ける職員に対する懲戒免職等の不利益処分について審査の手続を定めていること、その後国公法には昭和三七年法律第一四〇号により「第八十九条第一項に規定する処分であつて人事院に対して審査請求又は異議申立てをすることができるものの取消しの訴えは、審査請求又は異議申立てに対する人事院の裁決又は決定を経た後でなければ、提起することができない」と定めた第九二条の二が追加されたが、これは、行政事件訴訟法が、同法附則第二条によつて廃止された行政事件訴訟特例法のとつていた訴願前置の原則(同法第二条)を採用しなかつたことに伴ない、行政事件訴訟法第八条第一項但書に対応して設けられたものに過ぎず、国家公務員の懲戒免職等の不利益処分についての不服申立てに関し従前とその取扱いを異にする趣旨で設けられたものではないことを考えると、行政事件訴訟特例法のもとでも前述の同法第二条の規定と国公法第九〇条ないし第九二条の規定とがあいまつて、国家公務員に対する懲戒免職等の不利益処分事由の不存在ないし裁量権の逸脱を違法事由とする限りこれを「処分」として抗告訴訟の形式によつて争わせようとしていたものと解するのが相当である。

したがつて、現業国家公務員に対する懲戒免職等の不利益処分も、処分事由の不存在ないし裁量権の逸脱を攻撃する場合は、これを「処分」として抗告訴訟によつて争うべきものと考えなければならない。

(ハ) しかしながら、現業国家公務員に対して適用される公労法第四〇条第三項(昭和三七年法律第一六一号による改正前のもの)は、「国家公務員法第九〇条から第九二条までの規定は第二条第一項第二号の職員に係る処分であつて労働組合法第七条各号に該当するものについては適用しない。」と規定している(この規定の趣旨は現行公労法第四〇条第三項にも受けつがれている。)。すなわち、右規定は、不当労働行為を理由として懲戒免職等の効力を争う場合について、人事院の不利益処分審査制度の適用を除外したのであるが、このことはこの場合抗告訴訟の形式によらしめないことを明らかにしたものと解されるのである。

(ニ) そうであるとすれば、現業国家公務員に対する懲戒免職等の不利益処分の効力を争う訴訟形式は、処分事由の不存在ないし裁量権の逸脱を不服の理由とする場合と、不当労働行為該当を理由とする場合とでは異なり、後者の場合は、公法上の当事者訴訟の形式によるべく、抗告訴訟の形式によることは許されないものといわなければならない。

したがつて、実体法的には単一の懲戒免職等について、訴訟手続の上では、処分事由の不存在ないし裁量権の逸脱を理由として取消しを求める請求が棄却されても、懲戒免職等が不当労働行為に該当するとしてその無効なることを前提とする現業国家公務員たる地位確認等の請求が認容される余地があるしまた懲戒免職等が不当労働行為に該当することが認められず地位確認等の請求が棄却されても、処分事由の不存在ないし裁量権の逸脱を理由とする懲戒免職等の取消請求が認容され遡及的に取消の効果が生ずることが可能である。

(3)  法技術的概念としての「処分」

なお、右のように解すると、実体法的には単一の懲戒免職等の不利益処分について、処分事由の不存在ないし裁量権の逸脱を理由として争う場合は抗告訴訟の対象となる「処分」性を認め、不当労働行為該当を理由として争う場合は「処分」性を認めないことになるが、このことは理論的にみても充分に承認されうるところである。

すなわち、行政庁のある行為に「処分」性が認められるかどうかは立法政策によつてきまるのであつて、「処分」性は超法規的に行為自体に内在するものではない。

それ故、法律関係を実体的見地から「上下服従の関係」と「対等当事者間の関係」とに分け、前者に特有の法形式が「処分」で後者に特有の法形式が「契約」であり両者は併存しえないという考え方は誤りであり、本来は対等当事者間の法律関係中の一個の行為に専ら法技術的な見地からある場合には「処分」性を認め、他の場合には「処分」性を否定することも可能というべきである(ちなみに、フランスの判例、学説にみられる契約から分離し得る行為を越権訴訟の対象としようとするいわゆる「分離し得る行為の理論」(th〓orie des actes detacha-bles)や西ドイツの判例、学説にみられる行政庁が私法形式で行政を行なう場合債権債務関係の成立に先行する行政行為を見い出しこれを取消訴訟の対象とするいわゆる「二段階説」(Zwei stufen theorie)は、「処分」が専ら法技術的な見地から構成されうる概念であることを端的に示している。)。

(4)  不当労働行為該当を理由としても抗告訴訟の形式で懲戒免職等の不利益処分の取消しを求めうるとする見解をとる場合に生ずる難点

すでに述べた当裁判所の見解と異なり、現業国家公務員は不当労働行為該当を理由とする場合も抗告訴訟の形式で懲戒免職等の不利益処分と取消しを求めうるとする見解をとるときは、次のようないくつかの理論上あるいは事実上の困難に逢着することが予想される。すなわち、

(イ)(ⅰ)  行政処分取消訴訟の訴訟物は原則として処分の適否、すなわち当該処分の違法性一般の存否の主張であり、違法事由ごとに訴訟物を異にするものではない。それ故、この原則にしたがい本件のような処分事由の不存在又は裁量権の逸脱の主張と不当労働行為該当の主張とは一個の訴訟物の中の違法事由に過ぎないと考えると、処分事由の不存在ないし裁量権の逸脱については原則として人事院の審査の手続を経由しない限りこれを理由とする取消しの訴訟えの提起が許されないから、被処分者がこのような審査手続経由を要しない不当労働行為該当を理由として処分の取消しを求める訴えをまず提起した場合には、その後右審査手続を経由した処分事由の不存在ないし裁量権の逸脱を違法事由として追加主張するには、この取消訴訟においてでなければならない。もし右取消訴訟が第一審に係属中であれば、右追加主張は可能であろうが、控訴審に係属中であれば右追加主張が可能であるとしても審級の利益を奪うことになり、控訴審の口頭弁論終結後は右追加主張は不可能である。そこで、このような場合、被処分者としては、あらためて処分事由不存在ないし裁量権の逸脱を理由として取消しの訴えを提起せざるをえないわけであるが、不当労働行為該当を理由とする取消訴訟が控訴審又は上告審に係属中は二重起訴の禁止にふれるし、さらに右訴訟において取消請求がすでに棄却されその判決が確定しているような場合には既判力による遮断をうけることになるであろう。右のような結果を避けようとして、まず処分事由の不存在ないし裁量権の逸脱につき審査手続を経由してから取消訴訟を提起し、この訴訟のなかで処分事由不存在ないし裁量権の逸脱と不当労働行為該当とを主張しようとするときは、不当労働行為該当についての裁判所の判断を早期にうることが困難となる。このようなことは、労使紛争とくに不当労働行為事件の早期解決を所期する法律の精神に抵触するといわざるを得ない(公労法第二五条の五第四項、第二項、労働組合法第二七条第二項、第六項参照)。さかのぼれば、そもそもこのような結果を招来するような解釈は問題である。

(ⅱ)  さらに行政庁の判断の事後審査訴訟たる処分取消訴訟における「処分」の違法性の判断の基準時は「処分時」であるが、審査手続を経由し裁決によつて維持された原処分は裁決と一体をなすものとみられるべきものであるからこのような裁決によつて維持された原処分の違法性の判断の基準時たる「処分時」とは原則として裁決の時と解するのが正しいと考えられるところ、公労法第四〇条第三項のもとでは、処分事由の不存在ない裁量権の逸脱については原処分を維持した裁決の時が判断の基準時となるのが原則であるのに、不当労働行為該当の有無については原処分の時が判断の基準時となつて、違法性の判断の基準時を異にすることになるが、このように同一の訴訟物の中で違法事由によつて違法性判断の基準時を異にする結果を招来するような解釈は問題である。

(ⅲ) このようにみてくると、前述の公労法第四〇条第三項に照らし考えても、右二つの不服の事由は、人事院の不利益処分審査制度の適用の有無に差異があるのみならず、裁判上も異なる審理手続に服すべきものとされているとみるのが正当なのである。

(ロ) これに反し、公労法第四〇条第三項の規定に鑑み、処分事由の不存在ないし裁量権の逸脱を理由とする場合と不当労働行為該当を理由とする場合とでは手続法的観点から訴訟物を異にすると考えるときは、右に述べたような難点は避けられるのである。ところで、この見地をとるとき、本訴のような場合には、処分事由の不存在ないし裁量権の逸脱を理由とする取消しの訴えと不当労働行為該当を理由とする取消しの訴えが併合されているとみることができ、前者が不適法でも後者すなわち不当労働行為該当を理由として取消しを求める部分の適法性の有無を検討する余地がでてくる。

しかしながら、前に述べた((三)2(2))ように、不当労働行為該当を理由として不利益処分を争う場合に抗告訴訟の形式によるべきものとすることは実定法上の根拠を見い出し難いのみならず、もしこのような場合にも「処分」性ありとすれば、私企業の労働者は、懲戒解雇等の不利益措置が不当労働行為に該当するとき直接に、又は公序原則ないし権利濫用の法理を媒介として間接に、それが無効である旨の判断を得られるのに、現業国家公務員は、懲戒免職等の不利益処分が不当労働行為に該当しても出訴期間の制限ある取消訴訟を提起せざるをえないことになるか、あるいは地位確認訴訟等においてその無効を主張しようとしても「重大かつ明白なかし」にあたることを主張立証しない限りこれが無効とされないという結果を招くところ、このような差異を是認すべき合理的な根拠はないといわなければならない。

(ハ) このように、不当労働行為該当を理由とするときも、取消訴訟で争うことができるとすることには種々の難点があるのである。

3  結論

そうであるとすれば、懲戒免職等の不利益処分に対する抗告訴訟においてこれが不当労働行為に該当すると主張することは許されないというほかはないから、原告らが本件各懲戒処分が不当労働行為に該当するとしてこれを違法と主張していることも本訴を適法ならしめるものではない。

二むすび

よつて、原告らの本件各訴えは不適法であるから、その余の点について判断するまでもなく、これを却下することとし訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条、第九三条第一項本文を適用して主文のとおり判決する。(沖野威 小笠原昭夫 石井健吾)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例